毎日が美味しすぎる

月イチでポエマーになります。あと英訳とか。Hey! Say! JUMPのオタク。

vol. 10

 

長く追っているコンテンツに対して、数年前に比べてそんなにときめかない、ということに気づく瞬間は往々にしてあって、それを咄嗟に”コンテンツの劣化”だと感じて攻撃したくなってしまうことありますよね。わたしですか?身に覚え、ありまくります

 

昔はもっと輝いていた、こうだったから良かったのになんで変わっちゃったの、エトセトラエトセトラ。

でもよく考えると、そういう場面ではたいてい、自分の感性が変化していることには気づいていない。

 

もちろんコンテンツ自体も変化している。そして自分の感性も変化している。その2つがうまくハマらなくなっただけ。もう楽しめないのなら固執しないで静かに離れるのが身のためだぜ!時間は有限なんだってばよ

 

そのコンテンツにかけた時間と、お金と、想いは、そのときの楽しさやトキメキのために積んだものであって、将来のための投資ではない。ついうっかりそのことを忘れて、あんなに時間もお金も気持ちもかけたのにどうして……とか思うのはやめたい

 

あと現在進行形でそのコンテンツを楽しんでいる人の前で、コンテンツに愛のない言葉を投げつけるのもやめたいよ人類

 

 

 

 

 

は〜あ。PARADE発売まだかな〜❗️❗️❗️❗️

 

 

追記

あとあと 私、最近、自分がちょっと齧っただけの知識で大きなことを言いたくなるのやめよう〜て気をつけてる。適当に言ったことが身を滅ぼすなってしみじみ思うわ。別に何かあったわけじゃないけどね。

vol. 9

 

最近疲れている。

売上とか、世間からの評価とか、外の情報に振り回されてしまう。JUMPを見ているポーズを取りながら、彼らに焦点を合わせることなく彼らを透かして遠くの背景の騒がしさばかりが気になってしまう。JUMPを見ていると外野の声が想起されて辛い。私はこうしてほしいのに思い通りにならない。この思考に陥ったらシンプルにオタクの休みどきである。1年前もそんな感じだった。学びました。成長

 

少なくともJUMPが届けてくれるコンテンツを消費するときは、JUMPと私という1対1(正確には9対1)の世界で真正面から向き合う必要がある。それが彼らに対する精一杯の礼儀だし、自分の心を守り癒す唯一の方法だとすら思う

 

Hey! Say! JUMPが好きだからHey! Say! JUMPのオタクでいるはずが、ちょっと心の調子を狂わすと、Hey! Say! JUMPのオタクだからHey! Say! JUMPを好きでいるみたいな謎理論に陥る。これも自ら縛られにいってますからね。ドMか。知念さんもMっ気あるって言ってたしお揃いだね。何が。

 

 

 

 

 

 

「もっと注目されてほしい」「もっと売れてほしい」「もっと評価されてほしい」… 

 

「もっと〜してほしい」の文法、世界でいちばん使ってるのオタクなんじゃないかな。これはもちろんネガティブなことではなくて、オタクが「もっと」と思わなくなったらそれは需要の枯渇すなわちコンテンツの衰退を意味する(と私は思っている)から、この気持ちは忘れないようにしたい。

 

そしてその気持ちを健全に(←テストに出ます)持ち続けることこそ"楽しく推す"ことだと思う。

 

  • 「もっと」の比較対象は他のアーティストではなく必ず推しの現状であること
  • 「もっと」と未来を願うなら、彼らが今まさに届けようとしてくれているコンテンツも丁寧に受け取ること
  • 「もっと」の中身は、人によって違うということを忘れないこと

 

心に余裕がないときは、大抵外野のことが気になっているし(冒頭参照)、今まさに彼らが届けてくれるものを大切にできなくなるし(冒頭参照)、運営や周りの意見にいちいち文句をつける(冒頭参照)。

これはマジでつまらん。つまらんぞ

 

 

なんか私、いつの間にか推しに向かって「もっと私を癒せ」「もっと喜ばせろ」って思ってしまってる。自分を癒したり喜ばせるのって自分の役目だよ。しっかりしよ

 

 

 

 

 

 

ハッピーライブめっちゃ楽しかったな。アーカイブめっちゃ見てる。あとありちねが載せてくれたコメンタリーも見た。ユニット曲、振り付けまで終えて断腸の思い(※脚色)で削ったんやね…話してくれて嬉しかった。あとうちわに値段つけんのやめなさいwwww有岡くんも優しいから乗ってくれたけど色んな方面から怒られるぞwww え、あとこれ小耳に挟んだんだけど知念さん徹子の部屋出るんだってね。6月26日13時~(テレビ朝日)?それは全人類観ちゃうね……知念さん出演の必殺仕事人20206月28日21時~(テレビ朝日)こりゃあ必見だね……あとやぶひかちねネプリーグ出るんだって?6月29日19時~(フジテレビ)かぁ……いい時間だ……

あと7月1日、新曲発売にあわせてanan発売ってほんとですか?あと、PARADE円盤化はほんとですか?ありがとうございます❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️🌸✌️😉✨🌱💐😌👌😁😁😁🤟🌟🌟🌟😂😂😂

 

 

 

 

 

 

 

 

オタク楽し〜〜〜❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️🥰🥺👍😆😝😉✌️✌️✌️🌱🌱✨✨✨✨🙇🏻‍♀️🌟🌟

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

情緒……

vol. 8

 

最近なんか暑いですね。みなさんいかがお過ごしですか。

 

 

手の届かない外界を窓越しに覗いて、こうなってほしいああなってほしいと思うより、自分をこうしたいああしたいと思いながら生きたい。外に出られないなら内省しよう。

そして、自分のことだけ考えてればいい、その恵まれた環境が当たり前ではないことも忘れない。

 

ただ、もっと苦しい人がいるからという理由で自分の苦しさを打ち消すのは無理。苦しいときは大声で苦しいって言う。自分の苦しさは自分の苦しさとして吐き出したい。

自分が苦しいからって過剰に他人を叩くとか、普通に無意味だと思う。自分を大切にするのと同じだけ他人を大切にする。他人の幸せや、苦しさを否定しない。心に余裕のあるときは当たり前にできることでも、自分が追い詰められると途端に他人を攻撃したくなってしまうの何でなんだろうな。他人のことが気になって気になって仕方がないならその関心を全部自分に向ければいいのに、過去の自分へ

 

 

 

 

こんな状況下で生きてるだけで偉いのに、他の人の生活のために現場に出て働き続ける人の気持ちは、それは安全地帯にいるわたしが勝手に推測して論じられるようなものじゃないと思う。

安易に感謝感謝と言ったって、その人たちのためのお金にもマスクにも食料にもならないから、感謝の気持ちで、とにかく自分は家にいる。

 

 

今回は全然オタクごとではなかったけど備忘録として。この決意を忘れないために。

 

 

vol. 7

 

 

私は知念さんの気持ちを全然わかっていない。当然だけど。例えば、少し前にてるカミの一部公演日程中止発表で動画を出してくれたけど、そのときも全然わからなかった。ゆっくり膝を突き合わせて話しても他人の感情はわからないのだから、スマホの画面越しではもう、からきしダメだった。知念さんが座長として頭を下げた、という事実だけしか私は受け止められなかった。

もし私が知念さんの立場だったら今回の決定は悔しいと思う。でも私は知念さんじゃない。簡単に知念さんの感情を言葉に落とし込むことはできない。

 

普段、雑誌やテレビの発言から、散々知念さんの人格を妄想しコンテンツとして消費しているのは自覚している。それでもいま、知念さんの気持ちを勝手に推し量るのはどうしても無理だ。

 

演者やスタッフや観劇者の健康を第一に考えて運営側が決断したことと、楽しみにしていた舞台に行けなくて悲しいと思うことは全く別のものだから、悲しい気持ちは我慢したくない。

 

いざとなると、私は私のためにしか悲しめない。

私は、中止が決まるまで、知念さんが新しい挑戦をする機会をなんとしてでも守りたいとか、それっぽいことを考えていた。でもそれは、それっぽかっただけで、耳当たりの良い言葉でしかなかった。結局今私は知念さんのために悲しむことができない。知念さんの感情を勝手に言語化することは失礼だとすら思うから(shouldn't)というのもあるけど、そもそも自分に共感力が足りないから(can't)だ。

 

 

 

悲しい。だけど、運営側には1ミクロンも文句ない。確かな補償が確約されていない状態で、この舞台に関わる全ての人の健康を第一に考えて今回の決断をした運営側は、本当にすごいと思う。これはひとつの大きなビジネスであって、綺麗ごとで片付かない事情もたくさんあるなかこの決断をしたことに、文句を差し込む余地は一切ない

 

演者の方々が力強い言葉を発信してくださるのがありがたい。知念さんはこういう靱やかな人たちと一緒に舞台をつくってたんだ。

 

 

これはみんなで生きるための決定だったのだから、何としても生きるぞ。

 

vol. 6

 

WU4月号の知念さんの言葉でなんだかとても元気が出た。アイドルってすごいな。歌や踊りだけじゃなくて、テキストでも人間を元気にしてしまうんだもんな。すごい。すごいよ……

 

 

自分は好きなように生きて、それが"かわいい"って言われることならしょうがない(笑)

人からの評価はそれほど気にしてない。

(Wink up 4月号より)

 

 

最近ぼんやり考えていたこととリンクする気がして、具体的に残しておきたいと思い、書きます。

 

 

 

自分らしさとか言うけれど、結局自分って外の世界に散らばる欠片を繋ぎ合わせたものだと思っている。いろんな産地の豆をブレンドしたコーヒーみたいな。豆の選び方、分量、ブレンドのしかたがそれぞれ違って、それが味を作る。人間の個性ってそういう、外的要素の「選びかた」を言うんじゃないか。自分の中から突然湧き出る純粋なオリジナル要素なんてない気がする。だって地球に生命が誕生してありえないくらいの年月が経っていて、気が狂いそうなほどたくさんの人間が生きて、死んでいったんだから。さすがにもう色々とネタ切れだろう。こうやって文章を書いている今も、どこかで聞いた言い回しを使い回しているだけだという意識がずっとある。

 

 

 

今の自分を構成する、もともと外にあった要素たちは、自分で選んだものもあれば、勝手に入り込んできたものもある。

 

 

自分が全部、自分で選んだ、自分の好きなものだけでできていればいいのに。そしたら何も怖くない。他人の入る隙間はないから。

 

でもわたしはときどき怖くなる。自分の中に、自分で選んだつもりのないものが入り込んでいるからだ。他人からの自分を縛る呪いの言葉、社会が当たり前のように押しつけてくる価値観。ときにそれが疼いて、自分をありのまま肯定できず、とにかく何でもいいから他人に勝たなければと焦る。でも自分が他人より秀でているところは何も見つからず、他人を見下したり見栄を張ったりする。どうやっても勝てないことがわかると、次はこのレースからかっこよく離脱するためにオンリーワンを目指そうとする。でもオンリーワンってなんだ?誰ひとり同じ人間はいない、そりゃ同じ遺伝子配列の人間はいないかもしれないけど、評価されないオンリーワンって価値なくない?輝くオンリーワンじゃなきゃ意味なくない?結局、個性のオーディションだ。離脱したはずなのに、また自らレースにエントリーしている。こうして負の思考回路からずっと抜け出せない。

 

だからオンリーワンや自分らしさというそれっぽい言葉を使うのはやめた。誰かに勝とうとか、輝かしい個性を生み出そうとするのもやめた。自分を構成するその破片のなかの、自分を苦しめる要素をただ取り除いていく作業が、生きるということなのかもしれない。自分に向き合って、不純物を丁寧に捨てていくということ。同時に、捨ててはいけないものを大切にすることも必要だ。だから自分の「好き」にはいつも正直でいたい。

 

 

 

知念さんが私に元気をくれたほどではないにしろ、継ぎ接ぎの自分がこうやって書いた文章が、誰かの生きづらさを取り除くきっかけになることを願って。

 

 

vol. 5

 

「好き」の純度はいつも高めておきたい。

 

この前美容院で目の前に置かれた女性誌に書いてあった。本当にいいねと思ったものにだけいいねを押そうと。

 

 

現場のチケットを押さえ、時に遠征し、グッズ列に並び、ジャニショに並ぶ。歌番組やバラエティの出演情報はくまなくチェックし、雑誌に掲載があれば本屋に向かい、ドル誌のテキストを読み込む。映画は初動に貢献できる時期に行き、ドラマの感想はハッシュタグでツイートし、出演番組には逐一お礼と感想のメールを送るし、ラジオは聴き逃さない…

こうやって全てを追うオタクホリックな自分を楽しむことも、1つのオタクの在り方だと思う。

 

 

推しを夢中で追いかけるのは楽しい。

でもそこには思考停止の危うさがある。何が本当に自分の心を震わすものなのか、常に自分に問うていたい。"推しごと"だからという理由だけで好きだということにして限りあるエネルギーを割いていくのでは、だんだん自分の直感を信じられなくなってくる。自分の「好き」センサーを曇らせたくない。自分勝手に聞こえるかもしれないけれど、どんなときも、推しを大切にするのは自分のためでありたい。

 

 

vol. 4

 

 

日常生活のなかで、他人に向かって「顔が良い」と言う機会はそう無い。ていうかそんなこと面と向かって言ってくるやつがいたらシンプルに怖い

 

だけど推しに対しては堂々と「顔が良い」と言う。ジャニーズのオタクになってその文化に触れたときはびっくりしたけど、今やもう呼吸音である。スーッ 「顔が良い」 スーッ 「顔が良い」 スーッ 「顔が

 

 

オタクの言う「顔が良い」、ニュアンスとしてはざっくりその人が好きということを表現していて、もはや顔がどうとかいう話はしていない。エクストリームでファビュラスなヤバみが突き抜けたこの出会いに大感謝祭……と思ったときに「顔が良い」と言う。割と毎日そう思ってるので、結果呼吸音と同義である。誰かと比べて顔が良いというのではなく、「顔(が表す人となり)が(私にとって最高に)良い」。顔を含む、存在そのものに愛を叫んでいる

 

 

 

容姿を評価するような言い方しかできないのは心が痛いし、推しの好きなところは顔だけじゃない。だからもっと語彙力をつけたいと常々思っている。思ってはいる。でも全神経を推しに集中させながら脳みそまで使うとか無理ゲーなんだよなぁ ぱんを

 

 

知念さんが何かかわいいことをしでかすと本当に日本語話せなくなるので自分で自分が心配になる。それでやっと最近気づいたんですけど、

かわいいと言わせてもらっているというのは、裏を返せばかわいいとしか言わせてもらえないということでは?!!!?!

知念さん、「かわいい」以外の語彙を奪う呪いの使い手たる魔術師なのでは?!!!!?!世界一かわいい呪いでは?!!!?!かわいい……

 

 

 

 

なんかここまでくると早くかわいいって言いたい気持ちになってくるので怖い。シャブがすぎる。新曲まだですか?

 

 

 

 

 

 

 

(『I am/Muah Muah』2月26日発売 )

 

(『I am / Muah Muah』2月26日発売 )